大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(特わ)2224号 判決 1994年4月26日

国籍

韓国

住居

東京都中野区東中野一丁目五二番二号

オープレ東中野三〇一号

会社役員

河本純吉こと河純吉

一九五五年一二月六日生

右の者に対する所得税法違反、常習賭博被告事件について、当裁判所は、検察官富松茂大、弁護人上林博、同野口啓朗各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役三年及び罰金二億五〇〇〇万円に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  東京都新宿区歌舞伎町内にポーカーゲーム店を開設し、その経営をしていたものであるが、常習として、

一  西岡幸夫らと共謀の上、昭和六三年一一月二八日、同区歌舞伎町二丁目二四番二号ニューギンザ新宿ビル一階所在のポーカーゲーム店「ピッコロモンド」において、同所に設置した遊技機(テレビゲーム機)を使用し、賭客星進二らを相手方として、

二  松本茂らと共謀の上、平成元年四月二九日、同区歌舞伎町二丁目二八番一号ソフィアビル地下一階所在のポーカーゲーム店「ピープル」において、同所に設置した遊技機(テレビゲーム機)を使用し、賭客加登賢二らを相手方として、

三  渡部宗明らと共謀の上、平成二年二月一〇日、前記一記載の場所所在のポーカーゲーム店「パンサー」(旧店名「ピッコロモンド」)において、同所に設置した遊技機(テレビゲーム機)を使用し、賭客津久井和昌らを相手方として、

それぞれ、金銭を賭け、画面に現れるトランプカードの組合せ等によって勝負を争う方法の賭博をした、

第二  同都中野区東中野一丁目二七番六号リバティ東中野二〇二号に居住し、前記第一記載の場所ほか三か所に前同様のポーカーゲーム店を開設して継続的に賭博収入を得るなどしていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、前記各店の営業名義人を従業員として当該従業員が各店の経営者であるかのように仮装した上、右収入を他人名義(仮名借名)の預金口座に入金するとともに、日々の右収入金額を明らかにする集計表を破棄するなどして、その所得を秘匿した上、

一  昭和六三年分の実際総所得金額が五億四二六二万五六三五円(別紙1の修正貸借対照表参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成元年三月一五日までに、東京都中野区中野四丁目九番一五号所轄中野税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額三億一六〇四万九二〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れた、

二  平成元年分の実際総所得金額が一二億二〇三七万四三六七円(別紙2の修正貸借対照表参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成二年三月一五日までに、前記中野税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額六億〇五八九万二〇〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れた、

三  平成二年分の実際総所得金額が、六億三七五六万四五三一円(別紙3の修正貸借対照表参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成三年三月一五日までに、前記中野税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額三億一二七八万五〇〇〇円(別紙4のほ脱税額計算書参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)

(注)括弧内の番号は、証拠等関係カード(検察官請求分)記載の番号である。

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一〇回ないし第一三回公判調書中の被告人の各供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書七通(乙一、二、三、五、八、一三、一四)

一  第二回公判調書中の証人西岡幸夫及び同松本茂の各供述部分

一  西岡幸夫の検察官に対する供述調書七通(甲三九《同意部分のみ》、四〇、四一、四二《同意部分のみ》、四三、四四、四五、一一三《三九の不同意部分》、一一四《四二の不同意部分》)

一  松本茂の検察官に対する供述調書四通(甲四八、四九、五〇《同意部分のみ》、五一、一一六、《五〇の不同意部分》)

一  渡部宗明の検察官に対する供述調書(甲五三)

判事第一の事実全部について

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

判示第一の一の事実について

一  佐藤孝治及び西岡幸夫(甲七九)の検察官に対する各供述調書謄本

一  星進二、増本公夫こと鄭炳鍵、三浦保美、有泉昭二、田草川貴子こと金殷洙及び平井和栄の司法警察員に対する各供述調書謄本

一  司法警察員作成の現行犯人逮捕手続書(甲六九)、捜索差押調書(甲七〇)及び「ポーカーゲーム賭博機解明報告書」と題する書面(甲七一)の各謄本

判示第一の二の事実について

一  梶原誠、佐々木昭彦、永田哲二及び松本茂(甲九一)の検察官に対する各供述調書謄本

一  加登賢二、高崎康朗、川口勲及び藤定あさの司法警察員に対する各供述調書謄本

一  司法警察員作成の現行犯人逮捕手続書(甲八〇)、捜索差押調書(甲八一)及び実況見分調書(二通、甲八二、八三)の各謄本

判示第一の三の事実について

一  宇都宮龍治(二通)、村井貞直(二通)及び渡部宗明(二通、甲一〇八、一〇九)の検察官に対する各供述調書謄本

一  鄭慶淑、黒岩ふみ子、山下京子、福水博、長井孝雄、野島義継、岩瀬豊及び津久井和昌の司法警察員に対する各供述調書謄本

一  司法警察員作成の捜査報告書(甲九二)、捜索差押調書(甲九三)、実況見分調書(甲九四)及び「ポーカーゲーム賭博機械解明報告書」と題する書面(甲九五)の各謄本

判示第二の事実全部について

一  被告人の検察官に対する供述調書七通(乙四、六、七、九、一〇、一一、一二)

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書(乙一七)

一  証人松元宏志に対する当裁判所の尋問調書

一  公判調書中の証人猪野祐二(第四回)、同河本小百合(第七回)及び同河正美(第九回)の各供述部分

一  西岡幸夫の検察官に対する供述調書二通(甲四六、四七《同意部分のみ》、一一五《四七の不同意部分》)

一  松本茂の検察官に対する供述調書(甲五二)

一  猪野祐二の検察官に対する供述調書(但し、不同意部分を除く)

一  大蔵事務官作成の報告書三通(甲一一〇、一一一、一一二)及び検査てん末書抄本

一  検察事務官作成の捜査報告書(甲一二三)

判示第二の一及び二の各事実について

一  大蔵事務官作成の現金調査書(甲一)、普通預金調査書(甲四、但し、不同意部分は除く)、定期預金調査書(甲六、但し、不同意部分は除く)、定期積立金調査書(甲八)、有価証券調査書(甲一〇)、前払金調査書(甲一二)、貸付金調査書(甲一四)、建物付属設備調査書(甲一六)、車両運搬具調査書(甲一八)、工具器具備品調査書(甲二〇)、会員権調査書(甲二二)、保証金調査書(甲二四)、保釈保証金調査書、事業主貸勘定調査書(甲二九)、未払金調査書(甲三二)、事業主借勘定調査書(甲三四)及び報告書(甲一二二)

判示第二の三の事実について

一  大蔵事務官作成の現金調査書(甲二)、当座預金調査書(但し、不同意部分は除く)、普通預金調査書(甲五、但し、不同意部分は除く)、定期預金調査書(甲七、但し、不同意部分は除く)、定期積立金調査書(甲九)、有価証券調査書(甲一一)、前払金調査書(甲一三)、貸付金調査書(甲一五)、建物付属設備調査書(甲一七)、車両運搬具調査書(甲一九)、工具器具備品調査書(甲二一)、会員権調査書(甲二三)、保証金調査書(甲二五)、預け金調査書、出資金調査書、事業主貸勘定調査書(甲三〇)、借入金調査書、未払金調査書(甲三三)、事業主借勘定調査書(甲三五)、(有)カワ・コーポレーション利益調査書、給与所得調査書及び給与所得控除調査書

(争点に対する判断)

便宜上、以下の記述では、「当公判廷における供述」と「公判調書中の供述部分」と「証人尋問調書」を区別せず、いずれも「証言」又は「公判供述」と略記する。

一  前掲関係証拠によれば、以下の事実が認められ、当事者間にも争いがない。

1  被告人は、東京都新宿区歌舞伎町内において、ポーカーゲーム機と称する遊技機を設置し、賭客を相手として賭博を行うポーカーゲーム店を経営していた。すなわち、昭和六二年六月ころ「パピヨン」を開店したのを皮切りに、同年一〇月に「デュエット」、昭和六三年四月に「マイハート」(その後の一時期「ピープル」と改称)、同年一一月に「ピッコロモンド」(その後「パンサー」と改称)、同年一二月ころに「ルーブル」(その後「B♭」と改称)を次々に開店した。しかし、被告人は、昭和六三年一〇月ころには、ポーカーゲーム店の営業によって得た収入を元手に、将来はパチンコ店を経営したいと考えるようになっていた。

2  被告人は、右1の各店を経営していたが、いずれも店長をさせていた従業員が各店の経営者であるかのように仮装して営業していたところ(便宜上、このような従業員を「営業名義人」という)、昭和六三年一一月に「ピッコロモンド」、平成元年四月に「ピープル」、平成二年二月に「パンサー」が賭博で警察の摘発を受け、いずれもそのころ、右各店の営業名義人であった西岡幸夫、松本茂及び渡部宗明が常習賭博罪で執行猶予付懲役刑の判決を受けた。

3  被告人は、店舗毎に現金の入出金を明らかにするため、各店の営業名義人に命じて、毎日の売上等を記入した集計表を作成させるとともに(これ以外に店の収支を明らかにする帳簿等は存在しない)、営業名義人の西岡や松本らによって手元に届けられた集計表記載の金額と現金とを照合して誤りのないことを確認した上、現金だけを受け取って集計表は破棄させていた。

4  被告人が経営するポーカーゲーム店の売上金は、住友銀行東中野支店、西日本銀行松山支店等七店舗に設定された普通預金口座及び右両支店等六店舗に開設された定期預金口座に分散して入金されていたところ、これらは被告人名義のほか、親族(故人で被告人の実兄河本正吉及び河大吉の名義も含まれる)や営業名義人(西岡、松本等)などの借名あるいは仮名で開設されていた。なお、昭和六三年から平成二年までの各年末のいずれかに預金残高があった口座総数は普通預金口座が二一、定期預金口座が一一八(後者のうち、同番号で枝番管理されている口座及び口座番号は変更されているが書替えと認められる口座を同一口座とした場合の口座実数は三一)であり、右各年末におけるこれらの預金残高合計は、それぞれ六億八四〇〇万円余、一八億四九〇〇万円余、二四億六四〇〇万円余であった。

二  弁護人は、「被告人は右一のとおり、<1>ポーカーゲーム店の従業員を営業名義人とし、<2>同店の売上等を記入した集計表を破棄させ、<3>同店の経営によって得た収入を仮名借名の預金口座に入金していたが、これらは脱税の手段として行ったものではない。すなわち、<1>及び<2>は、ポーカーゲーム店が警察によって賭博で摘発されたとき、被告人に責任が及ばないようにしたり、同店の営業実態等が明らかになることを回避するためになされた専ら警察対策であり、<3>の西日本銀行松山支店の預金口座は被告人の実姉河正美が独断で、それ以外の預金口座は被告人又はその妻小百合が被告人以外の名義を使うその時々の理由があって、いずれも銀行員の勧誘を契機として開設したものであり、<3>も所得を秘匿する目的でしたのではないから、本件所得税法違反被告事件について被告人は無罪である」旨主張し、被告人も捜査公判を通じ、おおむね右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、被告人のようにポーカーゲーム店を経営して収入を得ていた者が所得税確定申告をしていなかった場合、同店に対する税務調査が端緒となって、警察による賭博の摘発が行われるという事態も想定できないわけではないが、その逆に、警察による摘発を契機として税務調査が入ることは一般的に十分考えられるところである(なお、弁護人も「警察の捜査が端緒となって税務調査が行われることはあっても、警察の検挙に先だって税務調査が行われるということは希有であって」《弁論要旨九頁》という形で、警察による摘発を契機とした税務調査の一般的可能性を前提にした主張をしている)。そして、被告人が経営するポーカーゲーム店に税務調査が入った場合、<1>営業名義人となっている従業員が、この店は自分が経営していると言い張れば、特段の客観的証拠がない限り、税務職員がその店からの収入の帰属先が被告人であることを把握するのは事実上不可能になる。このように従業員を営業名義人とすることは、警察による摘発があった場合に被告人が賭博に関する刑事責任の追及を免れることのほかに、税務調査があった場合にその店からの所得の帰属を偽るという機能も有するのである。<2>また、日毎に売上等の明細を記入した集計表はその店の収支を明らかにする唯一の書類であるから、これが破棄されてしまうと、その店の正確な所得を把握することも事実上不可能になる。このように集計表を破棄することは、警察による摘発があった場合に賭博を行っていた期間・規模等その実態が明らかになるのを回避することのほかに、税務調査があった場合にその店からの正確な所得の把握を妨げるという機能も有するのである。<3>さらに、売上金を仮名借名の預金口座に入金することも、仮名借名を用いれば実名を用いた場合に比して、当該預金が被告人に帰属することを明らかにするのが困難になるから、税務調査があった場合に所得の帰属を偽るという機能を有するのである(なお、関係証拠によると、被告人並びに営業名義人であった西岡幸夫及び松本茂は、犯則調査において、住友銀行東中野支店にある西岡名義の合計二億円の定期預金及び松本名義の合計一億円の定期預金はそれぞれの名義人に帰属する旨の供述をしていたことが認められるが、このことは借名の預金口座が所得の帰属を偽る手段となり得ることを裏付けるものである)。

以上みたように、警察による摘発を契機として税務調査が入ることは一般的に十分考えられる上、ポーカーゲーム店の従業員を営業名義人とし、売上等を記入した集計表を破棄させ、同店からの収入を仮名借名の預金口座に入金することが被告人の所得の実態把握を著しく困難にする機能を有することは客観的に明らかなところであり、これらのことは被告人にとっても容易に認識し得る事柄であるというほかない。我国においては、およそ税金を納めることなく巨額の富を安定的に蓄積し得るということはあり得ないのであり、このことは通常の社会人ならば誰でも当然認識しているのであって、被告人もその例外であるとは考えられない。したがって、ポーカーゲーム店の経営によって得た収入を将来の事業資金等として確保したいと考えていた被告人が、右のような手段を講じたのは、主としていわゆるゲーム機賭博が発覚した場合の警察対策等であったとしても、他に特段の事情がない限り、副次的に所得を秘匿する目的を有してのことであったと推認するほかないところである。

なお、被告人の大蔵事務官に対する平成二年一一月二〇日付け質問てん末書(検察官請求番号乙一七)中には、「税金を払えば、それをきっかけにして私がポーカーゲーム店を経営していることがわかってしまい、警察もそれをかぎつけて手入れを受けることになると思っていた」、「税金の申告をしたことから警察の手入れを受けたりしたら、今まで私がやってきたことが台無しになってしまう」、「同じ一人の名前の預金が高額になると税務署の目にもつくし、そのことから警察の手入れを受けることになるのではないかと思って、家族、従業員や架空の名前を使って預金していた」というように、税金のことにも触れた複数の供述記載が存する。ところで、関係証拠によれば、右質問てん末書は、平成二年一〇月本件所得税法違反が発覚した後、被告人が逮捕を免れるため、税務当局に対する工作等を依頼した陣野隆一から紹介された植田茅税理士の自宅マンションで、同税理士立会いのもとに作成されたことが認められるところ、このように極めて異例の状況で作成された右質問てん末書の信用性の評価は慎重になされなければならないが、右質問てん末書の記載をみると、被告人は、「外国人登録も東京に持って来ると警察の目に触れたり、税金の調査があるといけないと思って松山においたままにしておいた」という供述記載については、わざわざ税金の調査は頭の中になかった旨の訂正を申し入れているのに対し、警察による摘発の端緒になるとして税金のことに触れた前記各供述記載について訂正を申し入れた形跡はない。したがって、右質問てん末書の前記各供述記載は、被告人が公判供述で弁解するように全部大蔵事務官の作文であるとは到底認められないが、かといって、これらを全面的にそのまま信用することもためらわれるところである。結局、これらの供述記載は、被告人が本件当時税金関係のことを全く意識していなかったわけではないという限度において、前記推認の正確性を裏付ける証拠とはなし得るというべきである。

三  これに対し、弁護人がるる主張するところを検討しても、右二のとおり、被告人が所得を秘匿する目的も併せ有していたと推認することの妨げとなるような特段の事情の存在は窺われない。以下では、そのうち主なものに対する判断を示すこととする。

1  所論は、被告人は本件のように賭博によって得た違法所得が課税対象になるとは考えていなかった旨主張し、被告人はこれに沿う供述もしている(第一三回公判)。

しかし、被告人が、自らの賭博行為が発覚することをおそれて違法所得の申告をしない結果、課税されることはないであろうと考えたというならともかく、警察による摘発等を契機として税務調査が入ったときにまで右所得が課税対象にならないと認識していたとは到底認めることはできない。所論は、本件所得は強盗、窃盗等で得た収入と同じ性質のものであるとも主張し《弁論要旨六〇頁》、本件所得が課税対象になると認識することは社会通念上無理であるというが、ポーカーゲーム店の営業による収入は、賭客が自らの意思で賭けた金銭をポーカーゲーム機による勝負の結果によって取得するものであって、強盗、窃盗によって取得した財物と同列に論じることができないことは明らかである(なお、弁護人が引用する昭和二三年三月の大蔵省主税局長通達も、「窃盗、強盗によって取得した財物は、法律上所有権が移転しないから所得にはならないが、賭博による収入は一応所有権が移転するから所得になる」として、両者を区別した取扱いをしている)。

2  所論は、被告人が自己あるいは他人名義を使って普通預金口座及び定期預金口座を開設したことにつき、西日本銀行松山支店の預金口座のうち、被告人名義の普通預金以外のものは、被告人の実姉で松山市内に居住する河正美が担当銀行員の勧誘を契機として被告人の了解を得ずに独断で開設したものであり、それ以外の金融機関における預金口座(特に住友銀行東中野支店の口座)は、被告人又はその妻小百合が担当銀行員の勧誘を契機としてそれなりの動機又は理由があって開設したものであって、所得を秘匿する目的でしたのではない旨主張する。

そこでまず、西日本銀行松山支店の預金口座開設について検討するに、当時の同支店の担当者であった松元宏志の証言によれば、被告人が東京から同支店に頻繁に送金していた現金を定期預金にするよう松元が河正美に勧めると、その都度、同女は被告人と相談をしてからなどと言って即答をせず、翌日あるいは翌々日になってその勧めに応じていたことが認められる。また、関係証拠によると、河正美は預金名義として、被告人及びその実母である李順子(正式名は李廣順)の氏名とともに、被告人の兄弟で故人である河本正吉、河大吉、河清美の氏名をも使っているのであるが、そのうちの河本正吉、河大吉名義については被告人自身が別の金融機関における預金口座の名義としても使っていること、河本正吉名義については被告人が同名義で別の金融機関に預金口座を開設したころとほぼ時期を同じくして河正美が西日本銀行松山支店でこの名義を使っていることが明らかである。このような松元証言や預金名義に関する事実に照らすと、河正美が被告人の意思とは無関係に西日本銀行松山支店の預金口座を開設したとは考えられない。また、右松元は、被告人の預金額が多額に上ったことから怖くなり、定期預金にするよう勧めたことはあっても、口座の名義人を増やすことなどそれ以上のお願いをすることは避けていた旨証言しているところ、この証言は、預金額が極めて高額に達しているという客観的事実に符合し、迫真的であって十分信用できる。したがって、河正美の証言及び被告人の公判供述のうち、この点の所論に沿う部分は信用できない。

次に、住友銀行東中野支店の預金口座について検討するに、関係証拠によると、昭和六三年から平成二年までの各年末のいずれかに預金残高があった口座総数は普通預金口座が九、定期預金口座が七五(口座実数は一五)であり、右各年末における右各口座の預金残高合計額は、昭和六三年末現在では普通預金が三〇〇〇万円余、定期預金が三億円余、平成元年末現在では普通預金が二億一〇〇〇万円余、定期預金が一二億五〇〇〇万円余、平成二年末現在では普通預金が五億八〇〇〇万円余、定期預金が一三億一〇〇〇万円余であることが明らかであって、銀行員の勧誘の結果というにしてはその口座数が多く、預金額も多額である。しかも、使われている名義の中には被告人の実兄で故人である河本正吉及び河大吉の名義もあることを考えると、銀行員による勧誘に基づいて預金口座を開設したとする被告人の公判供述及びその妻河小百合の証言は信用できない。

所論はいずれも採用できない。

3  所論は、以下指摘するような事実は、被告人が所得を秘匿する意思を有していなかったことを推定させるものであると主張するので、順次検討する。

第一に、所論は、被告人は他人名義の預金口座を開設しながら、自己名義の預金口座も開設し、しかも、その自己名義の口座に多額の預金をしていた旨を指摘する。確かに、被告人名義の預金口座に多額の預金があれば、外部から目立ちやすくなるであろうし、現に被告人は自己名義の預金口座に相当程度まとまった額の預金をしていたと認められる。しかしながら、関係証拠により、被告人名義の預金残高合計とそれ以外の名義の預金残高合計を明らかにし、両者を比較してみると、昭和六三年末現在では約一億四〇〇〇万円対五億四〇〇〇万円(約二対八)、平成元年末現在では約三億五〇〇〇万円対一五億円(約二対八)、平成二年末現在では約一億七〇〇〇万円対二三億円(約一対九)であって、被告人が自己名義で預金していた額をはるかに超える金員が他人名義の普通預金及び定期預金として蓄財されていたのである。したがって、被告人名義の口座に多額の預金があったからといって、それだけで被告人に所得秘匿の意思がなかったということはできない。

第二に、所論は、各預金についての登録住所が被告人が実際に居住していた住所あるいは被告人に関連する場所である旨を指摘する。確かに、いくら被告人以外の名義を使って預金口座を開設しても、そこに登録されている住所が右のようなものとなっていては、その預金口座が被告人に帰属するものであることは比較的容易に判明してしまうことになる。しかしながら、虚偽あるはい架空の住所を登録すると、銀行からの通知等が届かなくなるなどの不都合が生じ得るのであるから、被告人がそうした事態を避けようとしたとしても何ら不思議ではない。したがって、預金の登録住所が被告人の住所等になっているからといって、被告人に所得秘匿の意思がなかったとはいえない。

第三に、所論は、所得を秘匿しようとするのであれば、その所得を現金で秘匿保管するか、貴金属等の動産類、割引債等の無記名債などの形にして保有するのが一般であるのに、被告人はそうした方法をとっていない旨を指摘する。しかし、これはより巧妙な所得秘匿の方法があるということを意味するにすぎず、被告人がこのような巧妙な方法をとっていないからといって、所得秘匿の意思がなかったとはいえないことは明白である。

四  以上のほか、弁護人が主張し、被告人が供述するところを仔細に検討しても、前記二の<1>ないし<3>の行為が警察対策等だけでなく副次的に所得を秘匿する目的で、すなわち所得税ほ脱の手段としてなされたものであるとの認定は動かない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の各所為は包括して刑法六〇条、一八六条一項に、判示第二の一ないし三の各所為はいずれも所得税法二三八条一項(但し、罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)にそれぞれ該当するので、判示第二の一ないし三の各罪につきいずれも所定刑中懲役刑と罰金刑を併科し、かつ、情状により所得税法二三八条二項を適用し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示第二の一ないし三の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役三年及び罰金二億五〇〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が<1>ポーカーゲーム機を設置した複数の店を経営し、客を相手に金銭を賭け、画面に現れるトランプの絵柄の組合せ等によって勝負を争う方法による賭博をし、<2>同店から得た賭博収入等の全額を秘匿して、三年度で合計一二億三〇〇〇万円余の所得税を免れたという<1>常習賭博、<2>所得税法違反の事案である。まず、<2>の犯行についてみると、その脱税額は右のとおり稀にみる高額なものである上、三年度とも無申告であるためのほ脱率も一〇〇パーセントに達している。犯行態様も、右各店の従業員を営業名義人とし、日毎の売上等を記入した集計表を破棄させ、売上金等を仮名借名の多数の預金口座に分散して入金するという悪質なものである。さらに、被告人は、税務当局による査察が入った後、関係者と口裏を合わせて持込み資産の主張をするなどの罪証隠滅工作をしている上、逮捕後の捜査及び公判においても、所得を秘匿する目的は全くなかったなどと不合理な弁解に終始しており、そこに真摯な反省の態度を見出すことはできない。次に、<1>の犯行は、長期間にわたって複数のポーカーゲーム店を経営し、多額の不法な収益を上げていた営業活動の一部であり、前記のとおり営業名義人を置いたほか店の入口にテレビカメラを設置するなどしている上、警察の摘発を受けて営業名義人が処罰されたにもかかわらず、他の店舗では営業を継続し、同一店舗でも時間をおいて営業を再開しており、これまた犯情は悪質である。

以上のような本件各犯行の犯情、特に<2>の犯行は悪質かつ重大な脱税事犯であるといわざるを得ないことに照らすと、被告人の刑事責任は相当重いというべきであって、脱税をした所得税の本税及び附帯税は税務当局によって差し押さえられた被告人の預金から徴収済みであること、<1>の犯行については刑事責任を認めて反省の態度を示していること、本件が大きく報道されたことにより既にかなりの社会的制裁を受けていること、被告人には執行猶予期間を経過した交通事犯による禁錮刑前科のほか罰金刑前科一犯があるだけであること、現在は賭博から足を洗い、会社を設立して飲食店を経営していること、妻と二人の子供を扶養すべき立場にあることなどの酌むべき事情を十分斟酌しても、主文の量刑はやむを得ないところである。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役五年及び罰金四億円)

(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 中里智美 裁判官 堀内満)

別紙1

修正貸借対照表

<省略>

別紙2

修正貸借対照表

<省略>

別紙3

修正貸借対照表

<省略>

別紙4

ほ脱税額計算書

昭和63年分

<省略>

平成元年分

<省略>

平成2年分

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例